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白神の水がめ

白神に行く途中に立ち寄った、建設中の「津軽ダム」。もうほとんど出来上がっているらしい。
もともとあったのは「目屋ダム」。そのすぐ下流に、もっと大きな津軽ダムを作って、古い目屋ダムもまるごと飲み込んでしまう工法なんだとか。目屋ダムはそのまま水の底に沈んでしまうわけ。


▲手前の小さいのが「目屋ダム」。津軽ダムが稼働すると、今の湖面の高さが、奥の津軽ダムの高さまで上がるということか。

ちなみに、目屋ダムの人造湖である「美山湖」の名は引き継がれず、白神山地にちなみ「津軽白神湖」となるんだとか。
津軽白神湖では、水陸両用の水上バスの運行なども企画されているらしい。ちょっと乘ってみたい気もする。

龍飛岬と青函トンネル入口

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▲「青函トンネル入口公園」なるものがあったので立ち寄ってみた。左のトンネルが青函トンネル。公園はまだ整備中のようで、とりあえず駐車場にトイレ、小さな売店と展望台があるだけ。

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▲「青函隊道(青函トンネル)」入口。ここから龍飛岬の地下深くに下っていくわけだ。

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▲中央突端が龍飛岬。海峡の向こう側にうっすらと見えるのは北海道。写真右端から尾根沿いの地下深くから、龍飛岬の真下を通って津軽海峡の海底を抜け、北海道に繋がるのが青函トンネルのルート。

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▲この日本海側R339のルート「竜泊ライン」は冬季閉鎖になるので、4月22日に開通したばかり。かなり険しい勾配でヘアピンの連続。バイクが「コォーーーン」と気持ちよさそうにエキゾーストを響かせていて、ちょっと羨ましい。

幻の大間鉄道

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むつ市から大間まで津軽海峡沿いに走るR279。国道沿いには軌道跡と思われる土手が続いている。これは大畑駅から大間駅までを結ぶ計画であった大間線(おおません)の跡で、未開通のまま放置された未成線。
大間線は、大間にある帝國海軍の要塞強化工事に伴う資材運搬用として、むつ市の下北駅から大間までを結ぶ鉄道として計画された。公海である津軽海峡を他国艦船が通ることが想定されたため、日露戦争と前後して大間の要塞化が行われたらしい。後には、青函連絡船の空襲被害に備えて津軽海峡で最も幅の狭い大間~戸井間を代替航路とする計画も重なり、これに接続する路線として昭和12年に着工し、2年後の昭和14年に下北~大畑間が開通。大畑以北も引き続き工事が進められ路線の大半は完成したが、戦時中の資材不足により昭和18年に工事は中断、終戦後も再開されることはなかった。

青函トンネル計画が西ルート(津軽半島ルート)に決まってからは予定線として地図記載されることもなくなったが、アーチ橋や橋脚などの鉄道遺構が残されたままであり、地元では幻の大間鉄道として知られている。戦時中の建設ということもあり資材不足による粗悪なコンクリート(鉄筋が使えず木筋や竹筋が使われているという)が使われたことに加え、長年の放置で老朽化し崩落の可能性が生じている場所もあるが、近年になって下風呂駅予定地付近の13連アーチ橋を遊歩道として改修・整備。この遊歩道からは、鉄道線から見られたであろう海峡の景色が歩きながら見ることができる。

地元の人によると、この下風呂以外の鉄道遺構は、何かの利用計画もなく手を掛けられることもなく、廃線マニアが写真を撮りに訪れる程度だそうだ。
13連アーチ橋は雪景色にライトアップされた姿も良いとのことで、今度は雪の季節にきてみようかな。

DSC_7121 DSC_7108▲遊歩道は下風呂の街の裏手。 DSC_7119 DSC_7118▲下風呂温泉郷ということで、あずま屋には足湯(無料)がある。

メノクラムヨウナ橋

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八甲田と黒石市の間に掛かる「城ヶ倉大橋」。平成7年10月27日に開通したこの橋は、アーチ支間長が255mと、上路式アーチ橋では日本一の長さを誇る。国道349号線において、津軽地方から八甲田経由で十和田方面に抜けるルートの要所となっている。眼下には城ヶ倉渓流を見ろし、秋には八甲田山麓の見事な紅葉がみられる十和田八幡平国立公園内有数の景勝地でもある。
歩道がついていて歩けるのだけど、谷底までの高さは122mもあるので、下を覗くどころか端っこに立つだけでも怖くて、お尻の穴がキューッとなるような感覚。冬季は凍結するためか、車は通れるものの橋の歩道は立入禁止になる。ちなみに、下の渓流まで降りるための遊歩道もあるのだけど、常に立入禁止。階段の老朽化が理由ということなのだけど、一説には、遊歩道に入る度に遺体が発見されるほど自殺者が多いからだとか。そんな自殺の名所でもある。

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